【①背景】可逆的架橋性材料のループ生成問題

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⓪目次

  1. 背景
  2. 問題点
  3. 解決策

①背景

ポリマーネットワーク材料の歪みと応力の関係は、一般に図1左のような引張試験測定を行うことで調べられます。

この応力-歪み曲線の傾きは弾性率Eに対応しており、材料の硬さを意味します。

加えて、この曲線の積分値はタフネスTに対応しており、材料の靭性を意味します。

ここで、これらEとTは下記Lake-Thomasの式に基づいた関係性を有します。

T ~ νLNU ~ E-1/2

(ν: 架橋密度, L: 架橋点間距離, N: 架橋点間のモノマー数, U: モノマー間結合エネルギー)

図1. 材料のタフネスと硬さの関係.

すなわち、TはEの(-1/2)乗に比例しますので、硬いポリマーネットワーク材料は脆く、柔らかい材料はタフであるということになります。

これを説明したものが図2になります。

材料が硬くなった場合にはEとνが大きくなりますが、このとき架橋点間のモノマー数Nと架橋点間距離Lはどちらも小さくなり、タフネスに対して不利に働きます。

上述した関係から、「硬いのにタフなポリマーネットワーク材料をつくる」ということは一般的に困難であることが分かります。

図2. 架橋密度増大時におけるタフネスの低下を表す模式図.

そこで、「硬いのにタフなポリマーネットワーク材料をつくる」という試みは長らく研究者の関心を集めてきました。

その方法の一つとして着目されているのが、ダブルネットワーク材料の創製になります。

この材料はその名の通り、2種類の高分子ネットワークを単一材料内で組み合わせることにより真価が発揮されます。

図3左ではPoly(2-acrylamido-2-methylpropanesulfonic acid) gel (以下、PAMPS gel)とPolyacrylamide gel (以下、PAAm gel)のS-S curveを例示していますが、それぞれ、単独では「硬いけど伸びないゲル」と「伸びるけど柔らかいゲル」であることが読み取れます。

一方、これら2つのネットワークを単一材料内で組み合わせたDouble Network gel (DN gel)の場合、PAMPS gel並みに硬くありつつも、PAAm gel並みに伸びるという挙動が確認できます。

この挙動をよりイメージしやすくなるように表したものが図3右となりますが、Single Network gel (SN gel, PAMPS gelかPAAm gel)はナイフでさくっと切れるのに対し、DN gelはナイフでもなかなか切れません。

図3. シングルおよびダブルネットワークゲルのSS-curveと外観上の挙動.

ダブルネットワークゲルが強靭性を示すメカニズムについては図4のように説明されます。

本材料はその内部に1stネットワークと2ndネットワークの2つを内包しており、このうち1stネットワークは初めから伸長状態にあります。

ここでダブルネットワーク材料全体が伸長されると、既に伸長状態となっている1stネットワークの破断が様々な位置で起き、通常起きるような「特定箇所からの破断の進展」が抑制されることとなります。

すなわち、1stネットワークが犠牲結合となることによってエネルギーが散逸され、亀裂の進展が抑制されるということになります。

こうしたメカニズムにより、ダブルネットワーク材料は硬さとタフさを両立できるのです。

図4. ダブルネットワークゲルが高いタフネスを示すメカニズム.

ポテンシャルエネルギー曲面と光分解性の関係

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光SN1反応とは

一般に光分解性分子とは、光照射によって分解するような分子のことを意味します

この光分解形式には様々なものがあり得るのですが、中でも光SN1反応は扱いやすさや応用性により注目されています

光SN1反応とは、分子が光を吸収すると脱離基が解離し、その後の付加反応によって完全分解に至るという反応のことを指します

代表的なものとしては、4-クマリニルメチルエステル(クマリンのエステル)が知られています

この例では、クマリン骨格が光を吸収すると、クマリニルメチルカチオンとカルボキシアニオンへの分解が起こり、その後の水付加によってクマリニルメチルアルコールと対応するカルボン酸を生成します

ここで、生成するカルボン酸を薬となるように分子設計してしまえば、光照射によって体内の狙った箇所にのみ薬を生成してくれるような、新たな薬剤を開発することができるわけです

具体的な薬としては、イブプロフェンを用いた報告例があります[1]

このように体内の狙った箇所のみに薬を適用させることは、副作用の低減などにつながります

問題:どんな構造の分子が光SN1反応を起こすのか

では、クマリンのエステルが光分解することは分かったわけですが、この現象はどれくらい一般的なのでしょうか?

クマリンよりも一般的な構造を有する、アリルエステルでもこのような光分解が起きるのでしょうか?

理解を深めるために、こちらの2つの分子、フルオレンとジベンゾシクロヘプテンについて注目してみましょう

LGはLeaving Group(脱離基)を意味しますので、この箇所の1原子目にはエステルなどの酸素原子が当てはまります

つまり、両分子はどちらも-C=C-CH2-O-というアリルエステル的な骨格を有していますが、片方だけが光分解性を示します

どちらが光分解するか、考えてみてください

ヒントは、LGが脱離した際に生じるカチオンの構造を考えてみることです

片方は(4n)πの反芳香族的な構造になりますが、もう片方は(4n+2)π系の芳香族的な構造になります

解答

それでは解答に移ります

カチオンが反芳香族性となるのはフルオレンの方で、芳香属性となるのはジベンゾシクロヘプテン、というところまでは簡単だと思います

問題はここからです

光反応においても通常通り、安定な芳香属性の分子が生成すると、つい考えてしまいませんでしたか?

その逆を考えられた方は、さすがです

すなわち、光によって脱離基の解離が起きるのは、反芳香属性のカチオンを生成する方になります!

言い換えれば、フルオレン骨格は光による分解性を示しますが、ジベンゾシクロヘプタン骨格は光による分解性を示しません

後者は代わりに、熱による分解性を示すことになります

このような違いは何に由来するのでしょうか?

この詳しい解答については文献[2]に記載されておりますが、本記事ではこれについて軽く解説することとします

この問題を考えるための鍵は、基底状態と励起状態のポテンシャルエネルギー曲面にあります

フルオレンユニットとジベンゾシクロヘプタンユニットのポテンシャルエネルギー曲面を見てみましょう(図a, b)

まず図aに着目します

この場合生成されるのは通常不安定な反芳香族性分子ですから、その基底状態(S0状態)のポテンシャル曲面は高い位置にあります

対照的に、その励起状態(S1状態)は安定であり、ポテンシャル曲面が低い位置にあります(Baird則)

すると、基底状態のポテンシャル曲面と励起状態のポテンシャル面がある箇所で交差することになります(図の赤星)

この点をConical Intersection(CI, 円錐交差)と呼びます

(円錐交差という名前はおそらく、反応座標が一般に多次元となる以上、曲線よりも曲面の交差点としてイメージされる方が現実に近かったことに由来しています)

円錐交差の反応座標にある分子からしてみれば、S1状態かS0状態かの区別はどちらでもいいことになるわけです

そこでこの交差点に入ってしまった分子は、このまま対応するカチオンのS0状態へ移行します

以上が、反芳香族性カチオンを生成する分子が光分解性を獲得する理由となります

次に、図bに着目します

この場合生成されるのは、基底状態が安定な芳香属性カチオン分子となります

これは言い換えれば、その基底状態のポテンシャル曲面が全体的に低い位置にあり、励起状態のポテンシャル曲面は高い位置にあることに対応します

その結果、2つのポテンシャル曲面は交差せず、それぞれ独立して存在することとなります

この場合、励起状態からカチオンの基底状態にアクセスすることは困難となりますから、別の経路を経て元の基底状態に戻るなどといった失活経路のほうが顕著になるわけです

したがって、芳香属性カチオンなどの安定な化学種は、光SN1反応においては生成しにくいということになります

光SN1反応を起こす分子の見つけ方

結局、どんな分子が光SN1反応を起こすのかを気にされる方も多いと思います

実は計算化学的手法を用いることで、分子に光SN1型分解性があるかを調べることができます

といっても、S0状態とS1状態のエネルギーが等しくなる反応座標を見つければよいのですが、この計算は一般に難しいです

そこで直接CIを見つける代わりに、”カルボカチオン”のS0-S1エネルギーギャップを計算し、その大きさから光SN1型分解性の有無を判断することができます

実はこれが論文[2]の主題でして、簡単に表せば以下の図の通りとなります

図より明らかですが、CIを有する光分解性分子のΔEは小さい一方、CIをもたない非光分解性分子のΔEは大きいです

その大きさの指標として、具体的には250 kJ/mol (60 kcal/mol)あたりが境界になることが報告されています

ここで計算よりももっと簡単に、光SN1型分解性分子を把握したいという方もいるかと思います

そういった方は、図にある3タイプのカルボカチオンを抑えておくとよいでしょう

いずれも比較的不安定なカルボカチオンであり、(1)ベンジルカチオン、(2)反芳香属性カチオン、(3)二置換型カチオンの3タイプとなります

p-アミノベンジルユニットは光分解しない一方、m-アミノベンジルユニットは光分解可能であることは、実は以前からmeta effectとして知られていたりします

またクマリンの光分解は知られすぎて特に意識されないかと思いますが、実は級数で見れば最も不安定な一級カルボカチオンを経由するんですね

最後のクイズ:この分子は光SN1型分解性を示しますか?

ここまでで勉強していただけたかと思いますので、最後にテストです

以下のBODIPY骨格を有するエステル分子は、光SN1型分解を示すでしょうか?示さないでしょうか?

正解を発表します

ここまできて光分解性を示さない分子を出題することがそもそもあり得ないというのもありますが、この分子は光SN1型分解を示します![3]

この文献[3]の著者は、文献[2]と同じくArthur Winter氏のグループの方です

文献[2]で得られた知見を生かして、新しい光分解性分子を開発したというわけですね

この分子はUV光よりも安全な波長500 nm程度の光で分解できるという利点があります

また上図の通り、光分解によって蛍光クエンチャーが外れることで蛍光性分子に変化するという機構を利用し、細胞のイメージングも行われています

文献[2], [3]はどちらもJACSに掲載されていますので、JACSがお代わりされてしまったということになります。すごい!

以上、ポテンシャルエネルギー曲面と光SN1型分解機構の関係でした

Reference

[1] J. Mater. Chem. 2012, 22, 6680.

[2] J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 25, 8933.

[3] J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 11, 3783.

【Blender】オブジェクトをカーブに沿って曲げる方法

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分子の3Dオブジェクトを作成するには、Chem 3DやAvogadroが利用可能です

しかし、これらのソフトだけで分子の形を整えるのは困難だったりします

その良い例が以下の記事にあります

この記事では以下のような構造の分子を3Dモデリングし、3Dプリントしています

しかし、Chem 3Dだけでこの分子を出力しようとすると、PCのスペックによる制約上、描画や計算が困難なことがあります

では、どうやってこの構造を3Dモデリングするのかというと、その作業のほとんどはBlenderで行うことができます

Chem 3DやAvogadroを用いるのは、繰り返し構造の最小単位に対してのみとなります

作業の工程を図で表すと、以下のようになります

この例では、ポルフィリン1個分の構造をChem3D・Avogadroで生成し、残りの連結作業と円形への変形はBlenderで行っているというわけです

連結作業はひたすら複製と角度調整の連続になりますが、円形への変形を行うにはBlenderのモディファイアである「カーブ」が鍵となります

そこで、今回はこの「カーブ」というモディファイアについてご紹介いたします

以下の動画にて、その使用方法を解説しておりますので、気になる方はぜひご覧ください

分子模型は3Dプリントで組み立てよう

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分子模型、組み立ててますか?

不斉反応の開発など、分子の立体が鍵となる系を扱う研究者の方などは、分子模型を組み立てる機会があるかもしれません

例えば、S体のBINOLが基質に結合するとどのような遷移状態になりそうかを調べるには、模型を組み立ててみるほうがイメージしやすくなるでしょう

すると次は、分子の大きさがどれくらいまでなら、模型の組み立てが現実的なのか?という問題に直面します

一例になりますが、皆さんは以下のような分子でも、1から模型を組み立てますか?

画像1. 24-Porphyrin Nanoringの構造式.

なんとも見た目のインパクトが凄まじい分子ですね

頑張って分子模型を組み立てようにも、そもそも模型のパーツが足りないとか、その購入費用がとんでもないことになるとか、いろいろな問題を生じそうです

極論のように見えますが、これは実際に合成されている分子です![1]

ですので、このような分子模型が必要になること自体は現実にありえるわけです

特に、この分子の中央部分を占めるゲストの大きさは、外側の環状ホストの大きさに適合していないといけませんから、分子模型を用いた大きさの議論は非常に重要なものとなります

そこで、これからの時代の分子模型の組み立て法として、3Dプリントの活用事例を紹介いたします

通常、分子模型の作製に使われるCPKモデル(詳細は後述)はお値段が30万~70万円と非常に高いのですが、この3Dプリントであればレジン費用だけで安く済ませることができます

分子模型の3Dモデリング・3Dプリントに関する流れ

3Dモデリング

まずは分子の3Dモデルを作成しましょう

分子の3D表現にはBall and Stick modelやWireframe modelなどいろいろありますが、今回はvan der Waals modelに頼っていきます

このモデルはCPKモデルや空間重点モデルとも呼ばれ、分子の大きさを最も現実的に反映させたものとなります

図1の構造を、このCPKモデルで表したものは以下のようになります

画像2. 24-Porphyrin NanoringのCPKモデル(手動による構造最適化のみ).

もはや宗教性すら感じられる、とても美しい見た目です(この記事の読者が集合体恐怖症ではないことを祈ります)

このような分子モデルの作製にあたっては、通常はChemdrawで描画した構造(図1)をChem3D・Avogadroに順にインポートし、それぞれの段階で.molファイル・.wrlファイルへ変換することが望ましいです

しかし執筆者のPCでは、この化合物の構造をChem3D上に描画できなかったので、パーツを構造的に分割してからBlender上へ取り込み、そこで3Dモデルを再構成しております

具体的には、①ホストのポルフィリン部分、②ゲストの中央ベンゼンからレゾルシン骨格に至る軸部分、③ゲストの酸素原子からピリジンまでの先端部分という3分割になります

それぞれに対しては、さらに①24個分の複製・二面角の調節・環化、②複製・60°回転操作を6セット、これにより得られる6分岐構造の複製・30°回転、③24個分の複製・酸素原子の位置合わせ・酸素原子からZn原子までの方向調節を行うことで、分子全体の見た目をそれっぽく見せております

すなわちこの3D分子モデルの構築は、手による分子模型の組み立てと同じくらい自由に行えているわけです

PCのスペック次第では、DFT計算による分子構造の最適化を行ってから3Dモデルを出力できますので、状況に応じた臨機応変な模型構築が行えます

(構造式から分子の3Dモデルを作成しBlender上で表示する際の詳細手順については、こちらの記事をご参照ください)

3Dプリント

分子モデルが完成したら、あとは3Dプリントするのみです

いつものように、Blenderで3Dファイルを.stlファイルへ変換し、スライシングを行いましょう

3Dプリント終了時の風景は以下の通りです

画像3. 2通りのレジンによる24-Porphyrin Nanoringの3Dプリント風景.

今回は2通りのレジンで3Dプリントを行ってみました

一つはNova 3Dで、もう一つはF39というレジンになります

Nova 3Dは固まると弾性の乏しい硬い樹脂に変化しますが、F39はなんとゴム状の3D造形物を出力できます

ですので、サポート材の形成はやや困難になりますが(画像3右)、分子模型などのやや柔軟性が求められる造形物の形成に向いています

最後に、得られた造形物を3Dモデルと比較してみましょう(画像4)

ホスト-ゲスト間のサイズ差に余裕がないため、ホスト内部にゲストを完全に収納することは困難でしたが、3Dモデルの見た目とよく対応する印刷物が得られたことが確認できます

DFT計算どころかMM計算も用いておらず、拡縮なども行っていないありのままのモデルの割には、よくできているのではないでしょうか

3Dデータさえ構築してしまえば、残りの模型生成を3Dプリンターが自動で行ってくれるという点も、ストレスフリーにつながります

画像4. 分子の3Dモデルと3D印刷物の比較.

分子模型の3Dモデリング・3Dプリントについては以上となります

複雑な分子を設計している研究者の方は、ぜひ模型の3Dプリントにチャレンジしてみましょう

参考文献

[1] Gotfredsen, H.; Anderson, H. L. et al. Nature Chemistry 2022, 14, 1436–1442.