【②問題点】可逆的架橋性材料のループ生成問題

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⓪目次

背景
②問題点
解決策

②問題点

優れた硬さ、優れた靭性を誇るダブルネットワーク材料ですが、実は問題点があります。

それは「引張を繰り返しているうちに材料が不可逆的に弱くなっていく」という問題です。

これは1stネットワークとして用いられている共有結合が、一回目の引張によって不可逆的に開裂するためです(図5左)。

二回目の引張時には応力を発揮できる共有結合が存在しないため、S-S curveは図5右のように変化し、全体的に低い応力が示されます。

図5. ダブルネットワークゲルの問題点.

上述した問題を解決するためには、開裂したあとでも何度も再生できるような非共有結合を1stネットワークとして活用すればよい、という発想が生まれてきます。

例えば、糖類とカルシウムイオン間のイオン結合がこれにあたります(図6左)。

この研究は2012年にNatureに発表されたものですが、時代が進むにつれてこの1stネットワークはますます高機能化され、2019年時点では図6右のようなアントラセン二量体ユニットがChem. Sci.誌に報告されています。

図6. ダブルネットワークゲルの1stネットワークとして活用されてきた分子構造.

この二量体は共有結合性のものですが、開裂によって生じるアントラセンは光照射によって二量体に戻るため、光による選択的な材料修復が可能です(図7) 。

加えて、引張によって生じたアントラセンは365 nmの光を吸収して発光するという、メカノフルオロクロミック特性も有しています。

この機構により、材料内に力が加わった部分だけを選択的に可視化させることができます。

このように、本アントラセン二量体ユニットを1stネットワークとして活用したことで、メカノ特性を伴ったタフネスの向上や材料の光修復性といった高機能化が実現されています。

図7. アントラセンダイマーが1stネットワークに組み込まれたトリプルネットワーク材料の構造変化を表した模式図.

本材料の詳細な性質については、図8の通りです(これらは実際のデータではなく、単なる模倣図になります)。

図8aは応力印可前後の発光強度(印可前: I0, 印可後: I)を表しており、シングルネットワークの場合には強度に大きな違いが見られない一方で、トリプルネットワークの場合には劇的な発光強度差を生じていることが確認できます。

これは、トリプルネットワーク化することによって1stネットワークであるアントラセン二量体ユニットに力がかかりやすくなったことを示しています(ダブルネットワークでなくトリプルネットワークを用いる理由は、非電解質ポリマーを母材として用いている以上、ダブルネットワーク化するのみでは1stネットワークの伸長具合が不足し、性能も落ちるためです)。

図8bは伸長時の往路・復路に対応する応力を示しており、引張前の応力は必ず引張後の応力を上回っていることが確認できます。

この挙動は1stネットワークの不可逆的な開裂に由来しており、通常のダブルネットワーク材料に典型的な変化です。

図8cは一回目の引張挙動と二回目の引張挙動をS-S curveで比較したものですが、二回目の引張前には光照射が行われています。

未照射であれば二回目の引張時における往路は、一回目の復路と同一になるはずですが、光照射が行われたことで応力が部分的に回復していることが確認できます。

これは光照射によってアントラセン同士が二量化し、1stネットワークの結合が回復したためです。

図8dは引張・修復サイクルと発光強度比(I / I0)の関係性を示したものであり、引張後においてはアントラセンに由来する発光強度が高くなることを示しています。

ここで着目したいのが、サイクルを繰り返すうちに引張後の発光強度比が低下する一方、光照射を伴った光修復後においては発光強度比が維持されていることです。

つまり、光修復後の発光強度比が初期のままであるということは、光二量化自体は完全に進行していることを意味しています。

これにも関わらず、引張後の発光強度比、すなわちアントラセン単量体の生成量はサイクルごとに低下していくのです。

光二量化が完全に進行しているなら、二回目の引張であっても一回目と同等の応力が示されると期待できますが、図8cよりやはり光修復が完全なものでないことを確認できます。

これらのデータは、光修復を繰り返すうちにループの量が増大していることを意味します。

※ループ…単一高分子鎖の分子内架橋によって形成された環状部分。弾性には寄与しない。

図8. (a) 応力印可実験の結果.スタンプが押された材料は、スタンプの型と対応する発光強度変化を示す.(b) S-Sサイクル試験の結果.(c) 光照射前後の機械特性.(d) 伸長後および光修復後の発光強度比.

ループとその増大機構については図9の通りとなります。

図9Aは、アントラセン二量体を緑の六角形で表しており、図全体としてはネットワークの初期状態を示します。

力が加わると、この二量体は開裂し、蛍光発光性のアントラセンを多数生じます(図9B) 。

さらに光照射を行うことで材料の修復を試みると、図9Cのようにアントラセンの二量化が進行します。

ここで図8dのデータに基づくと二量化は完全に進行しますが、初期状態である図9Aと修復後の図9Cを見比べてみると、その違いが明らかとなります。

すなわち、図9Cには分子内架橋であるループが生成しており、ネットワークが完全な回復には至っていないことが確認できます。

このため、続いて力が加わってもループ部分は1stネットワークとして機能できず、発光強度は1サイクル目のような増大を示しません(図9D) 。

したがって光による修復を行っても、本材料は完全に回復できず、部分的にしか回復しないことが分かります。

この問題の根源には、どのようなペアであってもアントラセン同士なら二量化を起こしてしまうという性質が関わっています。

開裂によって生じたアントラセンが、元々結合していたアントラセンを区別できるように、アントラセンのペアを特異的な相互作用によって結び付けることが本問題の解決につながると考えられます。

図9. アントラセン組み込み型DNゲルの破壊機構と光修復機構.光修復の度にループの数が増大するという問題を抱えている.

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